謝辞 [節目のご挨拶!]
突然では御座いますが、
本日を以て当ブログを休眠とさせて頂きます事をご報告申し上げます。
思えば2009-07-24以来、数多くの方々に応援並びに叱咤激励
を賜りました事、感謝に堪えません。
ブログでありながら、妙に重たい記事に拘り
「変なオヤジ」
と毛嫌いされた向きも多いと存じますが、
”世間知らずのなせる業”とご容赦願います。
また、全く未知の世界(模型・紅茶等々)へ誘って下さいましたことは
私の人生の宝として、今後も心に刻んでまいる所存です!
また、最近の挙動不審を見事に悟られたこと・・・
まるで身内のように感じ、嬉しく思いました!
本当にありがとうございます!
では最後にカッコ良く!
我、一分(いちぶん)あり
たとえ血まみれになろうとも、守るべきものが有る限り・・・
あばよ!
雪だより・・・完結編 [証]
その後、色々なことに没頭するが、心は満たされない・・・
競馬・・・勝てませんよね?
スロット・・・負けるヤツはおかしいですよね?
動画投稿・ブログ・・・まっ、楽しいかな!
そして、スキーの夢さえ観なくなった昨年の二月末日
風の便りで彼女がクラウンに合格したことを知った・・・
”奇跡の不合格”から15年
「まだやってたのか・・・」
と言う驚きと共に
「まだ、やれてたのか、良いご身分だな!」
と言う悪意に充ちた思いが滲み出る・・・
「はいはい、お気楽極楽、忘れましょう忘れましょう!」
その思惑を後押しする如く、日本に衝撃が走った・・・
2011.03.11
そして、全てを忘れてしまったハズだった、しかし・・・
2012.02.11
あの歌姫がこの世を去った
連日流されるあの曲・・・
そうだよ、二人のテーマだよ
自由の利かない君を全力で守ったあの日
君は私に全てを託し、私は身を挺して君を守った・・・
映画の主人公のように最後までは守れなかったけど、
「絆」
は繋がっていたんじゃないのかな?
人の未来予想図など描きようもない・・・
いつ瓦礫に埋もれるやも知れぬ・・・
ならば恨みや憎しみを持って生き続けるのは止めよう・・・
輝ける日々を心に描き、微笑んで生きよう・・・
そう決めたんだよ・・・
Liza、君に新しい家族が増えたんだってね!
良かったね、Liza!
とうとう一人で成し遂げたんだね、Liza!
おめでとう、Liza!
君が堕ちていった日に、何故
「もう一度やらないか?」
と言えなかったのだろう・・・
遠回りさせたね、ごめんなさい・・・
あの時、今一度最強コンビで望んだならば、クラウン合格はのみならず、
技術選手権:全国大会出場も為し得たと思うよ・・・
そう確信しているんだよ、
だって君は紛れもなく、オスカー女優なのだから!
私はこの曲を聴くと、あの日を思い出す・・・
女々しいねって笑うなよ!
そうだよ俺はいつでも女々しい男さ、
でもね最も頼れたキャディだって事も覚えていてくれよ!
君は今でも白銀の世界を謳歌しているのかい、
まるで、スノーフェアリーのように・・・
されど、私が寄り添うことは二度と無い・・・
でも君は
”一人で充分です!”
って言うんだろうね!
それで良いんだ、Liza・・・
飲みすぎた夜、
このゼッケンを手にすれば、ほろ苦い想い出と共に
戦いの日々が鮮やかに甦る・・・
捨て去る事はいつでも出来た・・・
しかし出来ずにいたんだよ・・・
”何故”って、聞くのかい?
ふふふっ、君らしいね!
それはね・・・
このゼッケンこそが、私が確かに”滑り手”であった事の
たった一つの”証”なのだから・・・
・・・・・完・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本日を以て”雪だより”は完結とさせて頂きます。
稚拙な文章にお付き合い下さいましたことを、心より感謝申し上げます。
さて明日、皆様に大切なお知らせが御座います。
どうか、ご覧下さい!
雪だより・・・その15 [証]
翌1997年~1998年のシーズンは
長野冬季五輪の年である・・・
既に私の脳裏から彼女の事は消えていた・・・
兎にも角にも自分の事だけを考えて山に通った
何がそうさせたのか、後になって分かるのだが、
所謂”虫の知らせ”だったのだろう・・・
始動はメインバーンのオープンから!
新年を迎える頃には、昨シーズンレベルまで到達
心身共に充実していたし、
彼女の噂も聞かなくなった・・・
そして迎えた一回目の検定で、あと一歩
「リーチが掛かったね!」
と信頼している指導員から励ましを頂いた・・・
彼女も居たらしいが、鳴かず飛ばず・・・
奇行だけが目立ったと知人が言っていたが、
私には関係ないこと・・・・
その後二・三度リフトで相席になったが
会話はない、100%他人である。
そして今度こそはと思っていた矢先・・・
「お父さんが入院したの、癌らしい!」
と母が連絡してきた・・・
股関節の激痛で救急車を呼びそのまま入院・・・
この時期、両親とは家庭内のいざこざが有り、
疎遠にしていたのだが、事がことだけに実家に駆けつけた
すぐさま病院に行き主治医から
「股関節が病の中枢とは言い難い・・・」
つまりどこかに本体が有り、そこからの転移が考えられると言うことだ
しかし他の部位に病巣は観られない(実際には発見出来なかった)
と言う事で、股関節の切除と人口股関節の挿入の手術となった・・・
そうこうしているうち、二回目の検定が迫って来た・・・
精神的には最悪、練習もしていない
しかし、私はゲレンデに立った・・・
”最後だろうな”
漠然とではあるが、そう感じていた・・・
結果は予想通り、最低の評価だった・・・
私は深々と山に頭を垂れ
心の中で謝辞を述べた・・・
”最後まで無事滑り終えることが出来ました”
”長きにわたり、ありがとうございました!”
「もう一年あったなら、あの年が無かったなら・・・」
しかし自分の選んだ道、後悔は無かった
少なくとも、この時までは・・・
冬を待たずに父が他界、
最終的に肺癌と死因が記された・・・
母の憔悴しきった姿が哀れでならない・・・
追い打ちを掛けるように、兄夫婦が母との同居を拒んだ・・・
見捨てることは出来ない・・・人として
そっぽを向く愚妻に頭を下げ、同居を納得させた。
家庭内の輪を保つには家を空ける事は出来ない・・・
そう考えた私は意を決し、マテリアルを全て廃棄処分
あの日覚悟はしたのだが、
やはり涙が止まらなかった・・・
そして、全ての夢を断ち切り、
良かれと思い、始めた同居は二年も経たぬうちに崩壊・・・
母は田舎の親戚を頼って出て行く形となった・・・
「最初からそうすれば良いと思っていたわ!」
と吐き捨てた愚妻との関係も最悪となる・・・
(事実上崩壊)
私も体重が75kgから65kgへと激減
筋力の低下が著しく、夢さえ抱けぬ状況へ堕ちていった・・・
「筋肉って、減るの速いなぁ~!」
と子供達の前で努めて明るく振る舞う惨めさが、分かるだろうか・・・
”あの時間(とき)を活かせたなら・・・”
そう呟いて見上げた冬空の青さを、私は忘れることが出来ない・・・
・・・・・次回、完結・・・・・






